abulageとことば

語学いろいろやっていますがの才能はないです。

「語学が好き」という才能。

 語学に才能はない。という人がいるけど、あるに決まってるだろおおお!!!!!

と心の底から叫びたくなる毎日。

 

 語学の才能はつまり、語学がどれだけ好きか、である。

 まわりを見ても、英語ぺらぺらの人は、基本的に英語が大好き、語学が大好きなんだよね。しかも、人によっては俺より語彙力無いのに、聴解能力も会話力も俺より格段に上の人もいるし。ちなみに俺はTOEIC480?くらい。

 ある言語を使用せざるを得ない環境に置かれれば、語学嫌いの人でも上達はするだろう。だが、使用しなくてもよい環境の場合、語学好きしかその能力は伸びない。

 

 単語やら文法を覚えて後はひたすら実践練習する。そうすれば、語学学習はうまくいくだろう。ここでの実践練習は使わざるを得ない状況とは違うもの。強制もされていないのに、わざわざ自発的にその言語を用いて何かをするということだ。例えば日本で英会話など。語学大好きな人は、基礎学習から実践練習まで、すべての学習過程が楽しいのだろう。語学に関して好きでも嫌いでもない人なら、基礎学習はつまらないだろうが、実践段階に入ると楽しくなるのだろう。外国人と話し、外国の書物や音楽、映画などを見てどんどん語学が好きになって、語学能力も上がる。

 俺は基礎学習はもちろん実践練習も嫌い。絶望的につまらない。実践段階になっても、どれも面白くないのだ。外国人はまわりにいるがみんな日本語が話せる。だからわざわざ嫌いな外国語を使う必要が無い。そもそも外国の方と特に話したいわけでもない。そもそもお喋り自体があまり好きじゃないし。外国の書物や映画など、日本語に訳されたモノは沢山ある。何かの専門家でもないので、別に外国研究の最新情報を得たいわけでもない。今の俺はどこかの学校の入学試験も受ける必要は無い。

 いつか必要になるから、というきっかけで語学学習を始めても、それではモチベーションは続かない。語学大好きな人であれば、そもそも、その言葉を見て聞くだけで楽しいのだから、モチベーションは常にMAX。全く苦しむことなく語学が上達する。語学が好きでも嫌いでもない人であれば、つまらない段階を乗り越えた後、実践段階で楽しくなるのでモチベーションが維持される。こちらも最初の基礎段階を苦しみぬけば、その後の苦しみは比較的軽い。語学嫌いはいつまで経ってもつまらないからモチベーションが下がって学習が難しくなる。そういう人が延々と続けるのは艱難辛苦。語学の好き嫌いでその苦しみも全然違う。単なる根性、努力だけではどうしようもない。語学嫌いからみれば、語学好きは反則級の才能だ。

 そして語学嫌いは、いつまで経っても語学力は伸びない。伸びるのは使わざるを経ない状況に陥った時のみ。 語学好きの学習法なんか語学に憎悪を抱く人にはまったく参考にならない。

 

 だからって、語学に対して向き合わないのも、なんか語学学習に敗北した感じがして癪にさわる。だからさらに語学が嫌い。

 しかも、最近、英語と中国語を使わないといけない環境に陥りつつある。(たぶん使わなくてもよいかもしれないが…)絶対上達しないから語学学習はしないと決めているのに、勉強しないと!という強迫観念が芽生える。ストレスを感じる。そして語学に対する嫌悪は増大。

 

語学を好きにはたぶんなれない。嫌いなまま努力しても無駄だろう、なにより苦労は続かない。でも、語学学習をなんとなく諦めきれない自分がいる。最悪。