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abulageの日記

字数無制限のつぶやき

音読

つぶやき

語学習得のために音読をしまくったせいか、

語学習得よりも音読そのものに興味が出てきたことがある。

 

今は真面目に語学学習してないので、

音読もあんまりやってないが、

本を読むとき、

自然と30分くらい声に出して読んでしまってる。

 

もうこれを趣味にして、極めた先に何があるか見てみようか。

カット多用しすぎた語りが気持ち悪い

つぶやき

たとえば、私が朝毎日聞いているラジオ番組の冒頭で述べられるスピーチ

毎朝、おおよそ下記のとおりで生放送である。

 

8月1日月曜日、時刻は6時15分となりました。スタジオ上空はいい天気ですが、あなたがいらっしゃるところはいかがですか。現在○○市内は南東の風3メートル、気温は29度、湿度は78%で今日は晴れの見込みです。天気予報です。○○○地方は今日、概ね晴れの天気の予報ですが、時折雨がふるでしょう。

 

生放送、アナウンサーは噛むことなくサッと読んでしまう。

毎朝、この「流れるような」話し声を俺は聞きなれてしまっている。

 

 一方、スマホを機種変しようか、パソコンを買い換えようかと思い、情報収集をすると必ず突き当たるyoutuberの商品紹介動画。商品紹介をきっかけとして他の動画も見てみたのだが、結構な数の動画が、見てて聞いてて気持ち悪い。

 いやーなんでだろうなと思ったら、そう、なんか話し方がカクカクしている。サーッと流れるように、心地よく話していないんだよね。そう、アホみたいにカットを多用している。

 調べてみると、ジェットカットという技法らしく、youtuberの基本テクになっているのかな?ある程度のカットは有効だろうけど、酷い動画は一文単位でカットを入れてくるような気がする。先のラジオのセリフをカット多用youtuberが話すとこうなる。(/はカット)

 

8月1日月曜日、/

時刻は6時15分となりました。/

スタジオ上空はいい天気ですが、/

あなたがいらっしゃるところは/

いかがですか。/

現在○○市内は/

南東の風3メートル、/

気温は29度、/

湿度は78%で今日は晴れの見込みです。/

天気予報です。/○○○地方は今日、

概ね晴れの天気の予報ですが、/

時折雨がふるでしょう。

 

まあ、ラジオとyoutubeは全然違うメディアなので、比べるのもどうかと自分では思います…

 

でもそれでも,いちいちカットせず、サッと話せよ!と思ってしまう。

多分、撮影したときに噛んでしまったのか、「あー」とか「えー」とか言ってしまったのか、そのスピーチ力を鍛えず、不自然なカット多用でごまかしているのか…

 

 この不快感、どんな不快感かというと、『シン・ゴジラ』やハリウッド版「ゴジラ」を見た後に、1933年に制作された『キングコング』を見たときのような感じ。コマ撮りの影響でカクカク動くキング・コングを見て、どうしてもゴリラの怪獣と捉えられない違和感。

頭のなかではサラサラッと流れるように感じない、youtuberのぎこちないカットで乱された語り方と似ている。

 

でもyoutuberをある程度見てみると、カット多用していない人もいて安心した。

って言っても別にyoutuberの未来を心配しているわけではないんだけど…

だったら勉強しよう。

テレビはもちろん、ネットサーフィンもツイッターも面白くないんだろ!?

それでいて何もしないのも時間が勿体ないと思ってしまって嫌なんだろ?

だったら何か勉強したら?

その勉強に何も意味もなくとも、ぼーっとするのがなんとなぬ嫌ならば、とりあえず勉強やってもいいんじゃない?

沖縄の現風景1 山羊

沖縄の現風景


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日本全国津々浦々、どの地方もみんな同じ町並みになってしまっている。

沖縄も同様に画一化の波が押し寄せてきているが、まだかろうじて、日本のどの地方にもないような風景が若干だが存在する。

その一つが山羊である。

沖縄では山羊は食べ物だが、そのあまりの獣臭さに、ラーメン二郎のように好き嫌いがはっきり別れる。

そして、牛や豚に比べておそらく飼育しやすいためか、まちなかでも結構山羊を見かける。

たぶん知人が山羊を飼ってるからよく見かけるって錯覚しているだけだろうが、

先日、山羊を何十匹も乗せたトラックが沖縄本島南部方面へ走っているのを見かけた。

トラックの進行方向的に、この山羊はおそらく食肉用だろう。

私にできることから~お上が動いてくるのを待つな~

 参議院議員選挙が実施されました。
 
 今回もそうでしょうが、投票にいったところで結局は何も変わりません。私たちの目下の生活に何の変化ももたらしません。政治にや社会に不満があろうが、生活が苦しかろうが 、そのつらい現実が選挙で変わることはありません。
 
 こんな糞みたいな社会を変えたいなら、自分で何か行動するしかありません。選挙権は最大限に生かしながらも、それだけでは世の中は変わらないので、プラスアルファでの行動が必要です。
 
 さあ、実際に行動してみようとして、初めに思いつくのは、ボランティア活動、あるいはデモなどの抗議活動でしょうか。でも、これらはかなりハードルが高いと思います。よほど意識が高くないと行動に移せません。そこで、ますは自分で動ける範囲から取りかかります。その範囲は人によって異なりますが、私はまず、「通勤ラッシュに悩んでいる」という問題に立ち向かいました。
 
 朝の通勤ラッシュは人口密集地では壮絶なものです。私の住む沖縄は車社会ゆえに毎朝とんでもない渋滞に見舞われます。朝から非常に不快な気分になります。
 
 
 この不快感を取り除く第1の対策として、私はまず、通勤時間を早めました。この対策は、大勢の皆さんが行っているものと思います。これで朝の渋滞はある程度避けられましたが不十分でした。帰宅ラッシュの渋滞には巻き込まれたままだったのです。早起きも結構しんどいという問題もあります。
 
 そこで第2の対策として、思い切って会社の近くに引っ越しました。近くといっても通勤距離が1/3のところに引っ越しただけですが、通勤時間も1/3になり通勤負担はさらに軽減されることになりました。それでも短い距離の渋滞には巻き込まれます。
 
 このくらい通勤距離が短くなると、「自転車で通勤できるのでは?」と、思い切って自転車通勤に切り替えました。実践してみると、車と違って渋滞とは無縁なのでスムーズな通勤となり、結果的に5分通勤時間の短縮となりました。更に運動不足も解消され、ダイエットにも成功しました。
 
 この変化を俯瞰すると、朝の渋滞する道路上から、私が乗っていた車が1台、無くなったことになります。渋滞は大量の車が一気に移動することで発生します。車が1台減ったことにより、渋滞解消に一役買います。大気汚染も多少軽減されることにもなります。たった1台なので社会的な効果はほとんど効果がありませんが、これが100人1000人に膨れあがると、効果はかなり大きいものになるのでしょう。
 
 渋滞を減らすために公共交通機関を使え、出勤時間をズラせ、と言うのも結構なんですが、まずは自分が恩恵を受けられるよう自分自身で工夫して、そこから他の人に自然と波及していけばいいのではないでしょうか。例えば、私の同僚は、私の自転車通勤を真似て、同じく自転車通勤を開始しました。私は特に要請していませんが。
もちろん、引っ越しや自転車通勤するぐらいなら渋滞に巻き込まれた方がマシだという人もいますので、本当に人それぞれです。
 
 
 うまく抽象化できないのですが、世の中を変えるのは、まずはこの「渋滞の悩みを解決する」のようなアプローチから始めてみるのはいかがでしょう。行政が効果的な渋滞対策を打つのを待たずに自転車通勤をしたように、できる範囲から始めましょう。

労働力以外の収入源

 『ニートの歩き方』の著者であり、ニート界の巨星であるphaさんと『年収100万円の豊かな節約生活』の著者である山崎さん、このお二人が持っていて、俺は全く持っていないものがある。

 彼ら二人が持っているものは、お金を生み出す装置である。後者の山崎さんは、家賃収入を生み出す不動産がある。phaさんは何も持っていないようだけど、よく考えてみると、彼にはブログや圧縮新聞、そして書籍がある。それらから広告収入と印税を得ることができる。

 彼らと比較してこの俺は、何を持っているのか考えたが、労働力しかなかった。

 労働力は、極論だが人間誰でも持っている能力だ。だから誰でも会社に所属して労働力を提供すれば、ある程度の収入を得られる。労働力を基礎として技術、スキルを上乗せすれば、収入を増大させることができる。

   だが、この労働力は、会社に所属しないと収入に替えることはできない。(起業することでも、労働力を元とした収入を得ることはできるが、これだと労働力に加えて「会社」を所有していることになるので、労働力のみとはいえない、と俺はみなす)

 ほとんどの人間は労働力しか持っていないものだから、日本においてブラック企業が蔓延し社畜は搾取され続ける。労働力しかない人々を救うべく作られた制度が労働組合だが、日本ではあまり機能していないようだ。(要検証…フランスのストライキをみるとそう感じるな…)だから、今の日本は生きづらいのかもしれない。

 労働力以外にも収入生み出す何かを作れば少しは楽になるかもしれない。でも何を作ればいいのだろう?ブログか?アパートか?それとも会社か?

 とりあえず、1銭にもならないが、何も作らずぼーっとするよりは遙かにマシと思い、こうしてネットで呟いている。

 

 

 

 

 

胃袋を満たす。まずはそこからだ。

www.agrinews.co.jp

 

 私が住んでいる県は(言葉を濁しているが何県かバレバレ)、とにかく消費するだけの県であり、モノを生み出さない土地である。だから県外や海外からあらゆるモノを輸送して手に入れても、この土地から送り出すものが何もない。ほかの地域であれば、車や農産品、工業品など様々な生産物があり、むしろ出すことに躍起になって、国内、地域内需要を満たすことができないというアホなことにもなっていたりする。

 これに対して、私が住んでいる県は、出すものがない。上の記事のような贅沢なパラドックスも起こらない。地域外に出さずとも地域の需要が満たせない。正直、上の記事は非常にアホらしい記事だけど、とてもうらやましかったりする。農産品については、自給できないということは、すなわち餓死が目の前に迫っているということだ。なんとか外から食べ物を運んで飢えをしのいでいる状況だ。実際は外から必要以上に運んでいるが、天変地異で物流が止まってしまうと食糧不足に陥る状況ではある。

 この状況を救うには、この地域にくらす何万人もの人をまずは飢えさせないよう、この地域で作られた農産品を増量するしかない。食料自給率100パーセントは無理でも、なんとか飢えないよう、努力することが大切だ。あの小さな島国の、そして貿易と金融、Itで国を成り立たせているシンガポールでさえも、国土が狭いにも関わらず、農業を見捨ててないのだ。多少金になるという思惑があるにせよ、自らの国土で農産品を作るというとは、飢えというリスクを分散する一つの手段となっている。

農林水産省/シンガポールの農林水産業概況

 シンガポールよりははるかにデカい土地を、わが地域は持っているのだから、そしてろくに自らで作られた物品がないのであれば、まずは自分たちの飢えを自らで凌ぐために、農業から手を付けてみてはどうだろうか。

 このことを自らに問いかけた。ベランダをみるとプランターと土があったので、とりあえずピーマンの種をまいて水を撒く。